その日は、友達のなっぺと一緒に私の家にで遊んでいた。はじめは楽しくDSなどをして遊んでいたが、やる遊びがなくなり、とうとうネタ切れした。私とななっぺは、
「何して遊ぶ?」
「例えば何がいい?」
と言葉のかけ合いをしていた。二人で暇にしていたときに、私のお母さんが、
「この紙切ってくれない?」と行った。私たち二人は暇だったので、「いいよー!」
と言い、早速切り始めた。その紙を切るはさみは2種類ある。一つはみんなが普段使う普通のはさみだった。もう一つはちょっと違う、刃が5枚刃のはさみだ。そのはさみはシュレッダーのように細かく切れるのでシュレッダーばさみという名だ。そのはさみは持つと重く、見ているだけで恐ろしいし、鳥肌が立ちそうなはさみだ。そのシュレッダーばさみは私が使い、普通のはさみはななっぺが使うことになった。ななっぺ自身は、自分がそのはさみ使ってもいいと気軽に行ってくれていたが、私は、
「危ないからいいよ。」
と一言言った。その一言にはいろんな意味があった。
一、なっぺにけがを負わせてはいけない。
二、泣かれてしまっては困る。
三、けがを負わせてしまったら、責任がある。
このようなことがあっては嫌だと思い、私はそう言った。初めは二人とも楽しく、そして慎重に切っていった。途中に五分ぐらいの休けいを入れながらやった。でもだんだんとはさみの扱いにも慣れてきた。そして、切り終わった後の紙の大きさや一回に切る量が増えてきたので、私はなっぺに確認した。
「なっぺ!やってて楽しい?」
するとなっぺは、
「楽しいよ。大丈夫!」と言ってくれた。私は良かったと思った。つまらないと言われたらどんな遊びをすればいいかわからなかったからだ。
ちなみに私の使っているシュレッダーばさみの音は、
「パチン、パチン。」
まるで爪を切っている音のようだった。その音は悪魔の音だと言える。ちなみに私の紙の持ち方はこうだ。紙の上に親指があり、残りの四本の指は紙の下にあった。その時、悲劇は起きた。シュレッダーばさみが小指に当たる。その瞬間、私の小指の先がほんの少しだけ切れた。皮だけでなく、肉も切れた。約一ミリぐらいだろうか。でもその一ミリが相当やばかった。血が出る。血の量も異常だ。大量出血で死んでしまうのではないか?と思ってしまったほどの血の量だった。以前にもななっぺの前で一回泣いたことがあったから、今回またななっぺの前で泣くのは屈辱的であり、私自身のプライドがゆるさなかった。私は姉と自分の部屋でワンワン泣いた。涙はどんどんあふれてきた。目が赤かった。その時の私には、不安とパニックが積み重なっていた。パニックと不安の原因は、その時通っていたスイミングスクールのことだった。指先を切ってしまったからといって、休むわけにはいかなかった。なぜかって?そう、私はこれまで一度もスイミングスクールを休んだことがなかった。たとえ運動会の日でも。皆勤賞をねらっていた。バンドエイドを五枚以上貼ってもすまなかったので、薬局に行き、テーピングの透明バージョンっていう感じの物を買ってきて、包帯のようにぐるぐる巻きにして、スイミングスクールへ行った。それでも血はにじんでいた。 しみたらどうしよう…。不安があった。でも実際泳いでみてもしみることはなかった。でもジンジンズキズキという痛みは強烈だった。その傷を見ていると、やる気がゼロ状態になり、何もしたくなくなった。
当たり前のことだが、そのテーピングやバンドエイドを取り替えなければならない。傷口とバンドエイドのガーゼの部分が接触しているので、外すのには超勇気が必要だった。外す度に、ワンワンと大声で泣いた。約五ヶ月の間はそんなことが毎日続いた。
しばらくするとバンドエイドを貼らなくてもいい状態になってきた。そこからの治りは早かったが、ジンジンズキズキという痛みはまだあった。また少したち、だんだんとジンジンズキズキという痛みもなくなってきた。不安とパニックもどこかへ飛んでいった。
そして五ヶ月後、完全に治ったがきずあとがある。そのきずあとの形は何形だと思う?三角形のような形が残っているのだ。
今でもその左手の小指にしょうげきがあると少し痛いが、その痛みにもだんだん慣れてきた。 今でもなっぺは、シュレッダーばさみと自分が使っていたはさみを交かんしていたら、と思ってくれているらしい。その気持ちはとてもうれしく思った。
時々私は、左手小指と右手小指を比べてみる。
明らかに左手小指の法が右手小指より小さかった。あれはきっと人生で一番痛かったと思う。私の知っている限り。
あれ以来私ははさみ恐怖症になっている。はさみを持つと手がふるえてしまうのだ。
2010年3月29日月曜日
登録:
コメントの投稿 (Atom)
おもしろいです!!!
返信削除次作が読みたくなりました。